interview on 2020.8.24
あるモノが大切な宝物になる。あるコトが大切な思い出に変わる。あるトコロが帰りたい場所になる。人生の中でそういうことが起こるのは、どんな時だろう。
それはきっと、それまで表面しか見えていなかったモノ、コト、トコロが持つストーリーを知り、奥行きを感じた瞬間なのではないだろうか。まるで雲の切れ間から太陽が顔を出し、光が当たって、影が伸びるように。
彼女のおひさまのような笑顔を見ながら話を聞いていたら、いつの間にかそんなことを考えていた。佐賀県嬉野市春日地区の山間にある「分校Cafe haruhi」の池本紗輝さん、通称「いけモン」だ。
2020年6月に店長候補として入社し、カフェの切り盛りに奮闘する日々の中で彼女が気付いたのは、自身が持つ使命だという。
まちのみんなの幸せをかたちに

福岡出身のいけモンが春日に来ることになったきっかけにつながるのは、大学時代、農業などに関する情報誌の編集部でインターンシップに参加したことだという。
「いろいろな農家さんを訪ねて、作物の育て方、こだわり、思いなどについて取材していました。お話を聞けば聞くほど、私自身もその野菜に愛着がわいてくるのを感じたんです。ストーリーを知ることで、それを食べることによる幸福度も上がるんだなって」。
それから数年。卒業後は福岡などで働いていたが、新型コロナウイルス感染症流行の影響などもあって職を手放すことに。行く先を迷っていたいけモンとharuhiを引き合わせたのが、オーナーの知人でもあり、いけモンが学生時代に取材した農業経営者だったという。
「haruhiに来たこともなかったし、春日という地区があるのも知りませんでした。飲食の経験もないし。ただ、このまちのみんなが幸せになることを願っていろいろな活動をしている正太さん(中林正太/ありのまま春日 発起人/分校Cafe haruhi オーナー)の話を聞いて、私もそこに加わってその幸せをかたちにできたらすてきだな! と感じたんです」と、いけモンは振り返る。
関わる人たちの思いを手から手へ

そして今、分校Cafe haruhiのドアを開けると、いや開ける前から窓越しに、底抜けに明るい笑い声が聞こえてくる。その主はもちろん、いけモンだ。
「まちの空気も、この空間も、とにかく気持ちがいいんです。 それに、お店を良くするためにスタッフ同士でいろいろ話しながら働けることがすごく楽しい。例えば料理は、厨房担当の勝子さんが愛情を込めて作ってくれているから、私はそれをせいいっぱいお客さまに伝えたい。ただ食事を提供するのではなくて、作り手の思いを運んでいるという気持ちです。この地区にしてもそうで、春日というまちを大切にしている人たちの思いを知ったからこそ、私もますます好きになった。それを、お店に来てくれる方やharuhiのSNSを見てくれている人に、私なりの視点で『分けて』いきたいと思っています」。
ほんの2カ月前から働き始めたとは思えないほど、なじんでいる。店長(まだ”候補”だが)の役割は店舗全体をまとめることであり、人と店、運営者と来店者のつなぎ手とも言えるが、そこに彼女ならではの視点が生きているようだ。
春日の人たちの思いを、いけモンのフィルターを通していろいろな人に届ける。広くばらまくのではなく、大切に手渡していく感覚だ。「分ける」と表現したくなるのもうなずける。
春日の宝物にストーリーをつくる

「haruhiには『みんなの想い出の場所』というコンセプトがあります。おいしいものがあってゆっくりできるカフェというだけでなく、私たちやこのまちとふれあうことで楽しい想い出を持ち帰ってもらえる、そんなところであり続けたい」。
自分らしい視点で、行動で、言葉で、春日のストーリーを伝える役割を担ったいけモン。もちろんこれからもそうなのだが、それに加え、このまちのストーリーを「つくる人」にもなっていくのではないだろうか。
「そうですね。haruhiやこのまちにあるものに、私が何か関わったり、思いをのせたりすることで、皆さんがもっと訪れたくなるような付加価値をつけていきたい。それが私の、これからの使命なんだと思います」。
2020年9月1日、いけモンは分校Cafe haruhiの店長になった。彼女はこの日を「私の大きな節目」という。いつもの明るい笑顔で、これまでより背筋を伸ばして、目の前にある道を、いや目の前に自ら道を開いて、進んでいくのだろう。春日の隠れた宝物に光をあて、伸びる影のようにストーリーをつくり出しながら。